浜の母ちゃんになりたい 煙山美帆

 

 

私がSETでの活動を語ると、『=私の人生』だと気付く。

— 2011年4月11日。
広田町と出会う。

— 2013年8月23日。
広田町に移住。

— 2015年5月19日。
憧れの『広田で母』になった。

2011年3月10日に当時通っていた専門学校を退学し、
そんな矢先に東日本大震災が起こりました。
3月15日からSETメンバーとして活動を始め、
自分には何もない、未来には何もないと思っていた自分の価値観を、
見事に壊してくれたのが“広田町”という場所でした。
『町に惚れ込む』
なんて、誰もが経験できることではないと思うけれど、
そんな表現がハマるくらいにこの町の空気、文化、人の温度感が
それまでの私の暮らしとは180度異なるものだったのです。

通い続けるうちに
“いつかこの町でお母さんになりたい”
“この町の人に、私の子供をいつか抱いてもらいたい”
と思うようにもなっていました。

これまでの6年半、
同世代向けのボランティアツアーの企画、東京から来てくれる人のアテンド、
農産物・海産物の宅配事業『浜野菜おすそわけ便』の立ち上げ、
広田の暮らしを展示する写真展『花笑み日記』の開展、
内部では広報活動や現地での資料作成などの活動を主にしてきました。
これらの行動の軸にある想いは
“この町が大切にしてきたものを、私も共に守り、未来に受け継いでいきたい”
というものです。
自分がそうであったように、
この町には人を素直にさせてくれる、
人を再生してくれる力があると思っています。
だから、ここに生きるすべてのものを外の人にも見てもらいたいし、
味わってもらいたいし、触れてもらいたいと思うのです。

 

これからもこの町で生きる理由もきっとそこなんです。

私自身、まだまだ生粋の広田の女・ばあちゃん達の
広くて温かくて何でも笑い飛ばせるような心の持ち主にはなれておらず、
まだまだみなさんの娘、孫の立ち位置だったりします。
それでも娘の母親になってみて、
次の世代に“自分を生きる”ということを受け継ぐ尊さを痛感して、
ここ広田で私自身がもっと成長していかなければと思っています。
そのためには、
これからもこの町の人と自然の繋がりの中から見る景色を私の言葉で届け、
行動し続けることなのだと思っています。

いろんなことがありすぎた6年半なので、
ご興味を持っていただけた方は直接会ってお話ししたいですね^^

 

 

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