『被災地』が苦手だった私が広田に関わり続ける理由(ワケ) 古川ゆりえ

みなさんご覧いただきありがとうございます。
CMSP史上初女性リーダー、30期根岬地区担当、佐賀県出身古川ゆりえです。

SETの1人として、自分の考えを発信できる機会をいただきありがとうございます。こんな私に。今日は私が、なぜ広田に行き始めたのか、そして行き続けているのかお話ししたいとおもいます。
CMSPが只今仲間集め期間なので、CMSPがメインになりますがご了承ください。

私は、多分SETでも数少ない存在です。というのも、実は被災地にまつわるニュースが嫌いでした。
辛い現実なんて、知らない方が幸せだって。

小さい頃から楽しいことが好きで、よくサプライズの企画をしていました。
私は他人の誕生日を覚えることが得意だったから、サプライズでお祝いして、当事者を喜ばせて、その人が喜んでいる姿を見て『サプライズ成功だね!』って喜んでる人たちも見て。その姿を見てやっと私も喜んでいました。
みんなで協力して些細な幸せを掴むことが楽しかったし好きでした。

しかし神様は楽しいことだけで生かしてはくれないみたいです。部活の多忙さと家庭環境の変化に適応できず、私は初めて、いろんなことから逃げ出しました。やりたいこともなくなり、楽しいという感覚も失って。

そんな無機質な状態の私に手を差し伸べてくれたのが、CMSPでした。

CMSPは一人一人が一生懸命です。キラキラしています。スタッフの一人が言っていました。「もちろん、広田の町を良くしたい、自分が好きな人たちに笑顔になってもらいたいという目標は簡単じゃない。すごくきついときもあるしどうすればいいかわからないときもある。でも、やっぱりやりたいことをやることっていうのはすごく楽しいことだし、理想の姿を想像したらワクワクするから、つい頑張りたくなっちゃうんだよね」と。

彼らがそれほどワクワクする広田町とはどんなところなのだろう。私でも、目標を持つことができるだろうか。理想が描けるだろうか。楽しいと感じられるだろうか。そんな些細な期待と興味で、私はCMSPに参加しました。

広田の人は一人一人が優しくて、厳しくて、温かくて。東京にはない温かさがそこにはありました。現実には失ったものが沢山あって、間違いなく辛いはずなのに、それでも変わらず毎日を過ごす広田の人を、もっと知りたい、もっともっと、かかわっていきたいと思いました。そしてあわよくば、この人たちが、震災で失った絆や、溝を、この震災をきっかけに出会えたという運命で埋めたいと、思っています。

広田の人を笑顔にする、そして広田の人を笑顔にしたいと思ってる人を笑顔にしたい。全員ひっくるめて協力して、些細な幸せを沢山寄せ集めて大きな幸せを掴みたい。簡単なことじゃありません。でも、一人じゃできないことも、皆でならできる。CMSPはそう思わせてくれます。広田にかかわるすべての人が笑顔になることを信じて、私は広田に足を運んでいます。

被災地にまつわるニュースが嫌いでした。
辛い現実なんて、知らない方が幸せだって。

でも、

被災地には辛い現実も確かにある。
けれど、それだけじゃない。
優しさと温かさ。そして人の絆。知った方が幸せになることもあるんだって。

《わたしのべすと広田ピクチャー》
中沢浜で撮った夕日です。参加者時代は中沢浜を回っていました。
忘れもしません。この日あるお宅にお邪魔してお話をした奥様が、私と同じ苦しみ、悲しみを抱えていました。

どうして自分ばかりこんなに苦しいんだと卑屈になっていた私が解放され、2人で2時間近く泣きながら話しました。その帰りに見た夕日なので、私が人生で見てきた夕日の中で1番きれいです。

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